4年に1度の大統領選の間にある中間選挙は、トランプ大統領の信任投票となる重要な意義があります。
2018年11月6日に行われる中間選挙は、2年前に当選したトランプ大統領の政策や政治理念への是非を問うものとなります。
アメリカ国民がトランプ大統領を本当に信任しているのかどうかは、選挙結果が上院と下院の両方で共和党が過半数を維持し、民主党に完全勝利できるかどうかで試されることとなりました。
期日前投票者数は少なくとも3300万人に上り、前回の2014年の2200万人を大幅に上回ったことから、2018年中間選挙への関心は非常に高いことが印象付けられました。
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トランプ大統領が躍進するきっかけとなったラストベルト地帯の投票結果に大きな変化
中国など新興国の台頭でオールドエコノミーと呼ばれる産業が衰退していったラストベルト地帯(さびついた工業地帯)は、トランプ氏が2016年に大統領となる大きな追い風をもたらしてくれたエリアです。
(出典:S-NAVI)
ラストベルト地帯という名前は、この地域の多くの産業が時代遅れの工場や技術に依存していることから付けられました。
ラストベルト地帯の各州
イリノイ州(北東部) インディアナ州 ミシガン州(ロウアー半島南部)
オハイオ州(北部) ペンシルベニア州 ウィスコンシン州(ミシガン湖岸)
ニューヨーク州(北部) ウエストバージニア州
シカゴ市・ニューヨーク市など裕福な都市は除きます。同州でラストベルト地帯と呼ばれていても、貧富の差が非常に激しく、治安の悪い地域と住みやすい地域とでは別世界のような違いがあります。
また、それがアメリカという国家の現状でもあります。
古くから民主党が労働者階級の支持を集めていた地盤でしたが、2016年の大統領選では当時のトランプ候補が、労働者の不満と閉塞感を希望と期待に変えて勝利をもぎ取ったのです。
予想に反して厳しい投票結果となったラストベルト地帯
しかし、2018年11月6日のアメリカ中間選挙では、ラストベルト地帯の一つであるウィスコンシン州で、共和党のスコット・ウォーカー現知事を破って、民主党のトニー・エバーンズ候補(同州教育長)が当選しました。
共和党のスコット・ウォーカー現知事は、不法移民に対する排斥や強制送還など考え方が近い共和党のトランプ大統領の政策を支持してきました。いわゆるミニ・トランプの台頭です。トランプ大統領と同じ政治思想を持つことで、「国民の支持が得られる」と判断した立候補者が出てきました。
さらに、同じラストベルト地帯のアイオワ州でも、下院の民主党候補が第1区と第3区で共和党の現職を破りました。
この地域は「アメリカのハートランド(中心地)」と呼ばれる場所で、アイオワ州は大統領選挙の初戦としての位置付けにあり、大統領選挙の時には世界的に注目されています。
アイオワ州で敗北した候補者が大統領に就任した例は少なく、「アイオワを制する者が大統領選挙を制する」とも言われている程です。そのため、2020年の2期目を目指すトランプ氏にとって手痛い結果となりました。
アイオワ州は田園部の過疎化が進んでいる反面、移民労働者の影響で州全体の人口は1990年頃から増加しています。単純に移民労働者がアメリカを衰退させているとは言えないのです。むしろ人口減少や過疎化になる方が深刻な問題です。
その一方で、高い教育を受けた若者は、より良い仕事に就くチャンスを求めて他州に出て行く場合が多く、経済的な停滞や公共サービスの低下をもたらしています。
こうした傾向は、ラストベルトに限らず、カンザス州、ネブラスカ州、ノースダコタ州、サウスダコタ州といった農業・牧畜業が中心の経済圏でアメリカ中西部に多く見受けられます。
下の地図は、こうした貧困化・過疎化が進んでいる中西部にある州の地図です。
(出典:S-NAVI)
右側の地図のアメリカ南部に位置するウェストバージニア州は、合衆国の州の中で、経済的に最も脆弱な州の一つです。
ウェストバージニア州で福音主義キリスト教の信者を支持層に取り込むトランプ大統領
国勢調査局のデータによると、ウェストバージニア州はアーカンソー州及びミシシッピ州に次いで、1人当たりの収入が3番目に低い州となっており、平均世帯収入は最低に位置しています。
こうしたことから、五大湖から離れていてもオハイオ州に隣接しているウェストバージニア州はラストベルト地帯の一つに含まれているのです。
ウェストバージニア州は、2008年時点で福音主義キリスト教徒が有権者の52%を占めています。たとえ貧困でも神を敬う神聖な心が、彼らを精神的に強くしていると思われます。
トランプ大統領は、福音主義の教えに従う熱心な信仰者と同じく、人工中絶と同性愛者に厳しい態度を取っています。宗教的価値観を取り込むことで、支持層の岩盤を固めようという狙いだったようです。
そこで、2018年、トランプ大統領は次のような政策を実行に移しました。
世界各国で人工妊娠中絶を支援する非政府組織(NGO)への助成を禁じる大統領令に署名。
性と生殖に関する健康・権利に大きな影響を及ぼす人工妊娠中絶に反対する大統領令に署名。
女性の人権を重視せず、敬意を表す態度を見せないトランプ大統領に対して立ち上がる新人の候補者たち
こうした政策に業を煮やした人々が立ち上がり、下院の女性議員は過去最多の96人が当選しました。
その多くが民主党候補で、31人が新人という顔ぶれです。
改選前の下院は435議席のうち、女性議員が84議席でしたが、さらに大幅に増える見通しです。
今回の中間選挙では、なんと230人超えの女性が下院選挙に立候補し、その多くが初出馬でした。
どれだけ若者や女性が積極的に選挙活動を行い、投票に意欲的だったかが分かります。
ここでは、経済政策や外交・安全保障政策とは一線を画したモチベーションが選挙結果に大きく影響しました。
・勇気を出して性被害に声を上げる「#Metoo」運動。
・トランプ大統領の女性差別的な態度に対する批判の広がり。
こうした草の根運動が下院で成功を収める原動力となりました。
また、下院では、民主党から新人のイスラム教徒の女性2人が当選を果たしました。
それは、ミシガン州13区のラシダ・トレイブ氏(42)とミネソタ州5区のイルハン・オマール氏(37)です。イスラム教徒の女性が下院議員となるのは今回の中間選挙が初めてです。
民主社会主義者のサンダース氏から薫陶を受けた28歳女性のコルテス候補者が初当選!
そして何といっても、政治経験のない28歳の新人女性でヒスパニック移民系のオカシオ・コルテス候補が、史上最年少の下院議員として民主党で当選したことが大きな反響を呼んでいます。
オカシオ・コルテス氏は、民主社会主義者(Democratic Socialists of America、DSA)の一員であり、皆保険制度・米移民税関捜査局(ICE)の廃止・公立大学の授業料無料などを政策に掲げています。
企業からの献金は受け付けず、活動資金の70%は、個人からの約2.2万円以下の献金だそうです。
コルテス候補者も自らの初当選に驚いており、「この勝利が始まりとなることを願う」と喜びを語りました。
彼女はボストン大学で経済と国際関係を学び、学生時代にはリベラルの雄とも言われるテッド・ケネディ上院議員の元で働いた経験を持っています。
リベラルとは、政治的に穏健な革新を目指し、共和党のような保守派とは反対の立場を取ります。保守派とは、資本主義を擁護しつつも、自国利益を優先するナショナリズム=国家主義を追求します。
まとめますと、
「アメリカの保守派」
・自由な市場競争を重んじる(規制緩和、減税、民営化、自由貿易の促進)
・地域や教会を中心とした自治の伝統を重んじる(政府主導の制度や規範の形成を拒む)
・国際社会の中で自国の行動の自由を重んじる(国際機関や他国に自国の利益を左右されない)
「アメリカのリベラル派」
・ 政府による一定の市場介入(規制、監査、累進課税、公共事業、社会福祉、環境保護を重視)
・社会的な少数派や弱者の権利を認め、支援を行う(差別や格差に対する積極的な是正を重視)
・国際社会や他国との協調や連携を行う(相手国との対話や交渉を重視し、戦争反対を重視)
となります。
コルテス候補者は、2019年から下院議員となる訳ですが、2011年に大学を卒業した後は、景気の低迷や父親が死去した影響もあって、家計を支えるために、レストランでウエイターやバーテンダーの仕事に従事していました。
2018年の時点においても、学生ローンを支払い続けており、2012年には子供の教育や識字率の向上を目的に子供用の本の出版社を立ち上げています。
2016年の大統領選では、大統領候補として立候補していたたバーニー・サンダース上院議員の選挙キャンペーンスタッフとして働き、サンダース議員からの薫陶を受けていました。
アメリカのミレニアル世代(1981年から1996生まれ)の51%が「資本主義は支持しない」と考えており、こうした若い世代では資本主義を拒絶する風潮が強まっています。
コルテス候補者の躍進ぶりには目覚ましい勢いがあり、今後の動向も目が離せません。将来のアメリカを担う偉大な若者として大いに期待したいと考えています。