日本経済・金融政策

日銀の異次元金融緩和に手詰まりの兆候が!~黒田総裁が抱えるインフレ目標未達成の苦悩~




2018年6月14日~15日に開かれた日銀のの金融政策決定会合の議事要旨によると、その時点で既に大規模な金融緩和を続けることに伴って生じる副作用を指摘する声が多く出ていたことが分かりました。

その副作用とは、具体的には金融仲介機能(銀行などの金融機関が、借り手と貸し手のニーズをうまく調節すること)に与える影響のこととです。

加えて、国債市場の流動性低下の問題があります。債券などの金融商品は、「いつでも買いたい時に買え、売りたい時に売れる」という点が重要です。日銀の買いオペレーションにより、国債の流動性が乏しくなると、売買が円滑に行われず、市場参加者は期待していた収益が得られなくなります。

これらの問題に関して、「副作用が顕在化する前から対応を検討しておくことが必要」という議論が行われていました。

異次元の金融緩和に副作用の兆候が!?

日銀は2018年7月31日の政策決定会合で、こうした副作用に対応するため、長期金利の変動幅の拡大を容認するなど、金融緩和の持続性を高める措置を打ち出したのです。

国債は国の借金ですが、金融機関同士の資金のやり取りの担保としても利用されています。

一般の人々がコンビニATMで現金を引き出す際に、手続きした銀行に一時的な立て替え払いが発生します。こうした場合の担保として国債が必要なのですが、市場から自由に調達できないと、普段の金融取引に支障が出る可能性が出てきます。

そこで、日銀は毎月の買入れ額に変動を持たせることとし、市場に流通する国債が少ない場合は買い入れを回避することも選択肢に入れることを決定したのです

さらに、「資産価格のプレミアムへの働きかけを適切に行う観点から、市場の状況に応じて、買い入れ額は上下に変動しうるものとする」という文言を付け加えました。この政策は金利に影響を与える国債でも、株価に影響を与えるETFでも、不動産に影響を与えるREITでも同じく買い入れを減額&縮小します、と「分かりにくく、見逃されやすい言葉」を使って断言したのです。

日本政府が発行済みの国債残高は5月末時点で961兆円です。このうち459兆円を日銀が保有しています。黒田総裁が就任した2013年4月の大規模緩和の実施直前に当たる同年3月末の保有額はたったの78兆円でした。

日銀はたった5年間で381兆円もの国債を買い増したのです。これはものすごい買い圧力だと言えます。結果として市場に流通する国債が減少しており、市場で売買が成立しない日が出始めています。

株式においても日銀のETF買いの影響は大きく、東京ドーム、サッポロホールディングス、ユニチカ、日本板硝子、イオンの5社は、日銀が実質的な筆頭株主となっています。これまでのペースで1年間買い越しを続けると、ETFに組み込まれているファーストリテイリング(ファッションブランドのユニクロを展開)の株式は市場から枯渇してしまうと指摘されています。

イールドカーブとは何か? 金利に与える影響は?

イールドカーブのコントロールに対する政策にも変化が現われました。イールドカーブとは、債券の利回りと償還までの残存年数の関係を表したグラフです。

イールドカーブは利回り曲線とも言います。縦軸を債券の利回り、横軸を債券の残存期間として、両者の関係を表す曲線で、通常は期間の短い金利が低く、期間の長い金利は高いので右肩上がりとなります。イールドカーブの形状によって、景気動向を探ることが出来ます。

①順イールドカーブ インフレ期待で将来の景気好転が予想される。
②フラット・イールドカーブ 景気の減速が予想される。
③逆イールドカーブ デフレと景気後退が予想される。

イールドカーブコントロールとは、中央銀行が長期金利と短期金利の操作を行うことを指します。

具体的には、短期金利はマイナス金利を適用し、長期金利は10年物国債金利が0%程度で推移するように長期国債の買い入れを行うことです。

この長期金利(10年物国債金利)の操作に関して、上限が0.1%から0.2%に切り上げられたのです。今回の政策決定会合では、金利変動幅の拡大と説明していますが、実質的には0.1%の利上げと同じ意味になります。

これまで、日銀による国債の買い入れ額は年間80兆円を目処として、長期金利の上限を0.1%に抑え込んできました。それが、0.2%に変更されるのですから、利上げを容認したと考えられます。

その背景には、これまでの日銀の極端な金融緩和の影響によって、イールドカーブがフラット化(期間の短い金利が高め、期間の長い金利が低め)してしまい、10年、20年、30年、40年物といった国債の利回りが下がることによって、銀行や生損保、年金基金の資金運用などが困難となる弊害(副作用)が発生していたことが挙げられます。

大手銀行や地方銀行は、日銀のマイナス金利導入後、収益の圧迫要因として、この政策に対する反対意見も強かったはずです。実際に6割の地方銀行は2017年度決算で減益もしくは赤字となっており、相当な苦労を強いられてきました。

今後、日本銀行の国債買い入れは、イールドカーブがフラット化するのを防ぐことを目的とした長短金利の操作方針を実現するように運営していくでしょう。

これを理解したヘッジファンドの中には、10年物国債先物に仕掛け売りを行い、金利は8月1日には0,115%まで上昇し、2日にはさらに上昇して0.145%を付けています。これまで0.05%近辺で膠着していた長期金利が上昇したことで、金利に連動しやすい銀行株や保険株が上昇しました。基本的には長期金利がほとんど変動しないことが明確になるにつれて、徐々に元に戻るとの意見が今のところ多数です。

とはいえ、ヘッジファンドは、ゲリラ的に国債の売り仕掛けを行って0.2%を試してくる可能性も否定できません。

日銀の雨宮副総裁は、長期金利の誘導目標を柔軟化した政策修正について「金利水準が切り上がっていくことを想定しているものではない」と発言しており、国債市場を落ち着かせようと試みています。

金利が急速に上昇する場合には迅速かつ適切に国債買い入れを実施する」とも伝えています。

長期金利の変動幅が少し大きくなっても仕方ないと判断した上で、いずれは国債の買い入れを再開して、長期金利を0%近辺に誘導することには変わりないという方針です。

尚、日銀の雨宮副総裁は、年間6兆円の上場投資信託(ETF)の購入に関して、「増えるか減るかは市場状況に依存する。今の段階で減るとか増えるとは言えない」と話しました。つまり、日経平均やTOPIX(東証株価指数)が大きく下がるようであれば、買い支えを行うが、積極的な買いによって株価の上昇期待を高めようというスタンスは取らないと解釈できます。

※TOPIX連動型分を4.2兆円に増額し、TOPIX、日経平均株価、JPX日経400の3つに分散して買い入れる部分を1.5兆円に減額するとしています。

手詰まり感の強い日銀 物価目標の達成は無理か?

日銀の大きなジレンマが感じられるところでは、2018年7月20日公表の消費者物価指数(CPI)は、今年6月の時点で、総合で0.7%の上昇(前年同月比)、生鮮食品を除く総合(コアCPI)で0.8%の上昇(前年同月比)、生鮮食品及びエネルギーを除く総合(コアコアCPI)で0.2%となっており、日銀の2%達成目標とは大きな乖離が残ったままです。

そこで、現在の金融緩和策を当分の間、維持するとした上で、物価上昇目標の達成時期を先送りしました。このことは、改めて日銀が望む方向に実体経済が良くなってはおらず、デフレ基調が続いていることを意味しています。

アメリカの中央銀行FRB(連邦準備制度理事会)が利上げとともに緩やかながら資産圧縮を開始し、ヨーロッパの中央銀行ECB(欧州中央銀行)も資産買い入れ額の縮小を始めています。消費者物価指数(CPI)が思うように上がらず、日本だけが出口の見えない金融緩和政策を続けざるを得ない状況に陥っています。

この状態が拘泥化して長期の間、続きすぎると、マネーの動きに歪みが生じて、仮想通貨や一部の不動産など何らかのバブルが発生しやすい危険性があると言えます。

もしも、世界的な金融危機が発生してしまった場合、日本銀行の取れる手段は乏しく、対応できる政策が大きく制限されることになるでしょう。その時に、法定通貨である円の信任が問われる事態になるかもしれません。

今のような日銀の異次元レベルの金融緩和は、政府の大規模な財政出動(国土強靭化・少子化対策・消費税負担の軽減など)とセットで行わなければ、経済的な効果は極めて低いと結論付けることが出来ます。



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