京都大の本庶佑(ほんじょたすく)特別教授が10月1日、ノーベル生理学・医学賞を受賞することが決まりました。
それは、1992年に「PDー1」という免疫のブレーキ役を果たす免疫チェックポイント受容体を発見した後、それに続く基礎的な研究が新しいがん免疫療法として臨床に応用されたからです。
革命的な免疫治療薬であるオプジーボ
小本庶特別教授の研究チームの成果を基に、小野薬品工業はがん免疫薬である「オプジーボ」の創製に成功しました。
「オプジーボ」はがん治療の現場を全く新しい領域に引き上げたとされています。
しかし、小野薬品にはがん治療薬に関する技術や開発のノウハウが全くありませんでした。
開発ノウハウを持っている国内外の大手製薬会社に声をかけても、「免疫治療なんか無理に決まっている」「小野薬品は頭がおかしいんじゃないか」と断られ続けてきたのです。
過去において、がん治療の「常識」としては、まず手術でがん細胞を切り取り、放射線を当てて、最後に抗がん剤で延命する手法が取られていました。
ワクチンや免疫細胞の培養などの免疫療法はありましたが、「免疫療法は効果が弱い」と否定的な見解が主流を占めていました。
それでも本庶特別教授の研究成果を何とか実用化したい小野薬品は諦めませんでした。
その結果、共同開発先を探して米国まで渡り、数年に及ぶ時間を経た後に、現在のブリストル・マイヤーズスクイブ社が共同開発に協力してくれることになったのです。
この会社は、免疫薬を開発する立ち上げに関わっていたのですが、小野薬品との出会いが、がん治療に「革命」を起こす起爆剤となりました。
一般的な抗がん剤は、がんの増殖を抑えますが結局は延命効果しかありません。
その一方で、オプジーボは末期患者のがん細胞が縮小し、しかも効果が持続することが分かってきました。
本庶特別教授・小野薬品・京都大学の厚い信頼関係
さらに、オプジーボと他の薬を患者へ投与した治験の成果が、2013年に米科学誌サイエンス誌が選ぶ科学10大ニュースのトップ「ブレークスルー・オブ・ザ・イヤー」に選ばれたのです。
このことが免疫の治療効果を全世界に知らしめるきっかけとなりした。
2014年7月には日本で、人間が持っている免疫力でがんを治療する「オプジーボ」が承認され、すぐに世界中に広がり、がん治療に革命が起こったのです。
しかし、オプジーボの実用化まで約22年もの長い年月を必要としました。
創薬が成功する確率は3万分の1に過ぎず、1つの薬ができるまでに約2千億円という莫大な研究開発にを投資しなければなりません。
オプジーボという免疫治療薬が完成した背景には、本庶特別教授の研究に対する信頼と、莫大な研究開発費をかけて開発し続けた小野薬品の先見の明があります。
中堅製薬企業であった小野薬品が、オプジーボという世界レベルの革命的な治療薬を生み出せたのは、本庶特別教授が籍を置く京都大学との密接な協力関係が存在していたからです。
科学研究費補助金に関する日本の問題点
(出典:毎日新聞)
これまで自然科学分野だけでなく、人文社会分野も含めた、全分野の研究活動を支える文部科学省の科学研究費補助金(科研費)で、新規の採択率が下落の一途をたどっていました。
2017年度の科研費は、総額2117億円でほぼ昨年度並みですが、新規採択率は昨年度比1.4ポイント減の25%となっています。
政府は2020年度までに30%へ引き上げることを目指していますが、年々「狭き門」となっているのが現状です。
このように研究費に絡んで日本の研究力の劣化が指摘されています。今のままでは、国際競争に対応できなくなる危険性が高まっているのです。
中長期に渡る時間が必要で役に立つかどうか分からない研究よりも、実用的で短期的な成果が得られる研究だけを求められる傾向が強まり、多くの研究者は大学や研究所などから十分な研究費が得られていないのです。
個々の大学はその活動を政府から評価され、大学は個々の研究者に科研費などの競争的資金の獲得を促し、個々の研究者を評価します。
こうした状況では研究者は守りに入らざるを得ません。
次の科学研究費が取れないと、研究者個人の評価に影響を与えます。
確実に科研費を取ることは、確実に論文が書けることとほとんど一緒なので、研究者は結果が出るかどうかが不確実なことに挑戦しにくくなります。
その結果、重要な課題を見つけ、独創的な考えで解明するという学術のあり方がゆがめられる傾向が強まってしまいます。
他分野の学者も基礎研究への投資不足を懸念
基礎研究にかける資金不足を心配する人は非常にたくさんいます。
ノーベル賞を受賞した研究者のみなさんが「基礎研究が大事」とか、成功するかどうか分からないから「薄く広く研究費を」と文科省などに言い続けているが、まるで改善されないまま、「また日本人がノーベル賞!」という報道が展開されるのは恐ろしい。兵站乏しき中の成果強調みたいなもんだ
— 藤代裕之「風の人」重版出来! (@fujisiro) 2018年10月1日
法政大学社会学部の藤代裕之准教授は10月1日に、上記のようにツイッターでコメントしました。
本庶教授のノーベル賞受賞は、「今の日本の科学技術や政策の成果ではなく、研究資金削る前の80~90年代の研究環境で生み出された成果」と指摘する声も上がっています。
今後、日本からノーベル賞学者を輩出するのが難しくなると予想する意見は多く、「教授が研究する時間を削られ、自動的に割り振られる大学の研究費も削られ、図書館の雑誌購読さえ削られ、将来的に受賞が続くことはまずあり得ません」と否定的な見解を述べる人もいます。
資金が潤沢だった頃の過去の研究の成果で受賞者が出ていますが、今後は資金不足からノーベル賞を受賞できない国になるのではないか、という不安が広がっているのです。
2017年には英ネイチャー誌が、科学論文のデータベースに収録されている日本人の論文の割合が7.4%(2005年)から4.7%(2015年)に減少したと報じました。掲載論文数の減少は国の予算削減が原因とされており、このままだと日本の科学研究の将来は明るい展望が見えません。
2018年に入って、文部科学省ではこの点を問題視し、科学研究費の仕組みを改める必要性があると認識しています。
以下、本庶特別教授の記者会見のコメントです。
「基礎的な研究から臨床につながるような発展という形で受賞できたことで、基礎医学分野の発展が一層加速し、基礎研究に関わる多くの研究者を勇気付けることになれば、まさに望外の喜びです。」
「あまり応用をやるのではなくて、なるべくたくさん、僕はもうちょっとばらまくべきだと思います」
「私の希望としては、京都大学で次世代の研究者がそのリターンを元にした基金に支えられて育っていく。その中から、また新しいシーズ=研究の種が生まれる。そして、それが日本の製薬企業に再び帰ってくる。そういうよいWIN/WINの関係が望ましいと、製薬企業にも長くお願いしている。」
「生命科学というのは、まだ私たちはどういう風なデザインになっているかを十分理解していない。AIとか、ロケットをあげるというのはそれなりのデザインがあり、ある目標に向かって明確なプロジェクトを組むことができる。しかし、生命科学は、ほとんど何も分かってないところで、デザインを組むこと自身が非常に難しい。その中で応用だけやると、大きな問題が生じると私は思っています。(中略)ライフサイエンスというのは非常に期待を持てると思います。もっともっと、たくさんの人にチャンスを与えるべきだと思います。特に若い人に。」
本当に素晴らしい方がノーベル賞を受賞されたと感じています。
広い視野で学術的な基礎研究に取り組める環境が、一日も早く日本国内で整備されることを願っています。