経済ゼミナール

グローバル資本主義の本質(1)

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ここまで見てきたように、アメリカ経済はリーマンショックを乗り越え、順調に景気回復しているように見える一方で、地域格差が広がってきているわ。

その結果、「自国優先主義者=アメリカ・ファースト」を掲げるトランプ大統領が、中国や日本との貿易戦争も辞さない、自由貿易の流れを妨げる強い意思表示をしていることは、本気でアメリカが分断され、国家からの助けを必要としている人々がたくさんいることを示していると思うの。

本当のアメリカの実態は非常に見えにくいわ。経済指標、例えば雇用統計なんかの数字だけ見ると、とても改善し、景気は好調に見える。特に名目GDPの伸びなどはしっかりしているわ。

でも、つい10年前、リーマンショックによる痛手を完全に癒すことが出来たのか、それはまだまだ疑問だと思うの。

当時、シティグループの準国有化や大手国内自動車メーカーGMの破綻など、危機一髪の経済状況にあったのに、10年経てば、スマートフォンやSNSの普及もあって「FANG」、「MANT」と呼ばれる代表的なIT企業が爆発的な成長を見せているわ。

(「F:フェイスブック・A:アマゾン・ドット・コム・N:ネットフリックス・G:アルファベット(グーグル)と、「M:マイクロソフト・A:アップル・N:エヌビディア・T:テスラ」)

目下の懸念材料は、自国の利益を優先する貿易戦争による経済活動の縮小と、利上げによるお金回りの不活性化などがあるわね。

特に、この貿易戦争と利上げによる話題は悲観的な悪材料として、アメリカの株式市場ニューヨークダウが一日で500~1000ドルを下げるのも珍しくない、といった兆候が2018年1月~3月に出てきたの。

これから、アメリカの金融と経済はどうなっていくのかしら。もし、リーマンションの後、すっかり忘れている人も多いと思うけど、学資ローンや自動車ローンが、リーマンショックの引き金となったサブプライム・ローン商品のように他の優良債権の中に組み込まれている、という意見もあるわ。

それらが金融爆弾として破裂した時に、果たしてアメリカの運命はどうなっていくのかしら?

そして、新たに2017年から台頭してきた仮想通貨による経済や社会への影響はどうなっていくのかしら?

今は一瞬先が全く分からないくらいにお金の流れるスピードが速くて、しかも技術革新のスピードも速いわね。

だから、以前の常識がもはや通用しないところも出てくるでしょうし、東南アジア諸国のように仮想通貨の技術を通じて、ますます繁栄していくところも増えていくと思うの。

過去の時点においては、アメリカ流の経済学はエレガントな理論体系を持っていて、完成度が非常に高いと考えられていたわ。だから「グローバル資本主義・金融資本主義」が突然に崩れ去るような危機は一般に予想しにくかったのね。

こういったアメリカ流の経済学は、1970年代後半に「小さな政府・市場原理・自己責任」を軸とする「新自由主義」と呼ばれる学派によって打ち立てられてきたのよ。

一方で、第二次世界大戦後、特に1945年~1950年代のアメリカは最盛期だったとも言われており、「大きな政府」と「財政出動」によって、国全体が栄えていくような公共の利益に配慮する方針を採っていたの。実は自由放任の追及がアメリカの豊かさを築き上げたわけではなかったわけ。むしろ手厚い政治的な関与によって、「所得の再分化」に努力してきたことが、アメリカの繁栄を築いてきたのよ。

でも、ベトナム戦争や石油ショックなどで、巨額の財政赤字を抱える「大きな政府」に非難が集中してしまったわ。そこから「小さな政府」を標榜する「新自由主義」への方向転換が図られたのね。

「新自由主義」とは個人や企業が利益や満足を最大限に追求するためには、マーケットの持つ見えざる手に委ねるべきだという考えなの。

そのために、「小さな政府」を推進し、公共事業を民営化し、「規制緩和」による競争を促進することが大切だと信じられてきたのよ。

これって2001年以降の小泉竹中構造改革と全く同じでしょ。そう、日本の政策はアメリカの1970年代後半の思想をそのまま輸入したものだったのよ。これは、アメリカが、ベトナム戦争、石油ショック、東西冷戦 金の国外流出などで、政治と経済の問題が山積して追い込まれていた時に何とかして打開しようとした結果、生まれてきた思想、哲学、価値観なのね。

こうした新しいアメリカ流の経済学の発想は、他者のために尽くしたいとか、社会との絆を持ちたいというような、人間が持つ自然な感覚や感性を非合理なものとして扱っていたの。

合理的に思考し、自分の利益を最大化するために行動することが、一流の先進的な人間であると考えられていたのよ。そのために、「貧富の差」や「所得格差」の拡大は仕方がないことだって。

これってまるで若い頃の西川史子が演じていたキャラクターみたいね(笑)最近は大人の女性としてのイメージがかなり定着してきてるけど。。。

他人のことを思いやる心の余裕がなくなったり、自分のことしか考えない自己中心的な精神構造が形成されてしまうことは、自分の利益は膨らませることが出来るように思えても、逆にデメリットも大きくなるのよ。特に孤立感や疎外感、分離感を大きく引き出してしまうの。

例えば、地域社会と個人とのつながりが薄れてしまうことで、他人の気持ちを思いやる心の余裕がなくなったり、異常な犯罪が増えたり、お金至上主義になることで精神的に荒廃してしまうとか。。。

「お金を持っている=人生の幸せ」「成功、お金を持っていない=人生の不幸せ・挫折」といった単一的な価値観に染められやすくなってしまうのね。

でも、こうした状況では、社会全体が円滑に保たれるのに必要な目に見えない価値、すなわち「安心と安全」が損なわれてしまうことになるの。

だってそのままでは、人と関わる場合に「信頼関係」や「心の安らぎ」を実感する機会を手に入れるのは難しいかもしれないわね。

数字としての理論的には完璧に正しいはずの経済学が、人としての豊かな心や愛に溢れたハートを失うことになるとしたら深刻な問題だと思うわ。しかも、グローバリズムという形で、アメリカだけでなく世界中に「新自由主義」というドライな価値観を伝染させることになってしまったら・・・。

素晴らしい知性を持っている人達が、こんな簡単な盲点に気付かないわけがないと思うの。ということは、「新自由主義」という経済学は、特定のごく一部のエリート達にとっての都合の良い考え方に過ぎなくて、「所得格差」の拡大を正当化するための手段にすぎなかった可能性も出てくるわね。

過去にその「胡散臭さ」に気付けなくて、2000年代前半に小泉政権を絶対的に支持してしまった日本は大きな遺恨を残すことになったわね。

だから、今後の少子化、超高齢化社会を迎えるに当たって、「心のゆとり、愛のある優しさ、人を思いやる気持ち」が絶対的に必要だと感じているの。

逆に自分を守ろうとして「愛のない態度や行動」を取ってしまうと、信頼関係の構築や安らいだ気分を手に入れることは難しくなると考えているわ。

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