コラム

リーマンショックから10年、次の金融危機の震源地はどこか?




今から丁度10年前、大手投資銀行であるリーマン・ブラザーズは2008年9月15日に米連邦破産法11条の適用を申請し、経営破綻しました。これは、当時のポールソン米財務長官がリーマンに対して「税金の投入が適当と考えたことは一度もない」と発言したことに起因しています。

アメリカ第5位の投資銀行のベアー・スターンズは、2008年5月に銀行最大手の一つであるJPモルガン・チェースに救済買収されました。それを受けて、アメリカ第4位の投資銀行である「リーマン・ブラザーズが破綻することはないだろう、どこかが救済するだろう」という市場の楽観的観測を大きく裏切るネガティブ・サプライズとなったのです。

その結果、1850年創業の米ウォール街屈指の証券会社の経営危機は、負債総額6300億ドル(約65兆円)という米史上最大の倒産という悲劇を迎えました。

当時、ニューヨークダウは2001年9月の同時多発テロ時以来の下げ幅を記録し、日経平均株価も1万2000円の節目を割り込みました。

連鎖的な金融破綻が起きるという不安が広がる中で、バンク・オブ・アメリカ銀行はメリルリンチ証券の吸収合併を決定しました。

さらに、米保険大手アメリカン・インターナショナル・グループ(AIG)は資金繰り不安に陥り、AIGの破綻が世界経済の崩壊をもたらすのではないかと危惧される事態となりました。

AIGもサブプライム関連の金融商品を20年以上前から抱えており、住宅価格の低下や金融商品の格下げの影響を受けて多額の損失を抱えていたのです。AIGの事業活動は地球規模であることから、損失額は2008年通期だけで992億9000万ドル(約11兆円以上)となり、アメリカ企業史上最大の赤字額となりました。

ベアー・スターンズをJPモルガンが買収したように、FRBは金融機関にAIGを支援するよう求めましたが、投資銀行第1位のゴールドマンサックスを含めて、その資金余力はなく融資を拒否したのです。

もし、AIGが破綻すれば、4000億ドル(約44兆円)のクレジット・デフォルト・スワップ(※1)が市場に破滅的な影響をもたらす危険性が高まっていました。

(※1)社債や国債、貸付債権などの信用リスクに対して、保険の役割を果たすデリバティブ契約。買い手は債権者や投資家で、プレミアム(保証料)を支払う代わりに、契約の対象となる債権(融資・債券等)が契約期間中に債務不履行(デフォルト)になった場合、それによって生じる損失(元本・利息等)を保証してもらえる。売り手(ここではAIG)はプレミアムを受け取る代わりに、デフォルトになった場合、買い手に対して損失分を支払うという仕組みになっている。

そこでFRBは方針を転換し、AIGに融資することを決定し、それと引き換えに、アメリカ政府が巨額の公的支援(AIGの株式の79.9%を取得)を行ったことで、金融資本主義の崩壊という最悪の事態は何とか免れました。

そのような中で、日米欧の中央銀行は巨額の資金供給を決めて、金融システムを必死で支えようとしましたが、世界経済は超絶的な不況の道へと真っしぐらに突き進んでいったのです。

リーマンショック後の世界経済

100年に1度の危機と呼ばれたリーマン・ショックの後、10年が経過しましたが、強力な金融緩和が続いた影響で、世界の政府・民間合計の債務残高は2京7000兆円と危機前を上回って最大規模に積み上がっています。この数値は08年末比では43パーセント増加しています。

その一方で、世界の国内総生産(GDP)の合計額の増加は24兆ドルにとどまり、GDP比でみた債務規模は2.9倍から3.2倍に拡大中です。(※世界のGDPの合計額は約1京円

「稼ぎ、利益」に見合わない規模の債務を抱えていることが、数値のデータから読み取れます。

世界の政府債務は29兆ドル(約3200兆円)増えました。

リーマンショック後に米欧日中などが大規模な財政出動を実施したためです。

その後の金利低下で財政規律が緩み、国家債務の増加に拍車がかかりました。

2013年以降、低金利と国家債務の増加によって、世界経済は全体として比較的高い成長を続けていますが、危機がぶり返すリスクをぬぐい去れないのが実情なのです。

中央銀行によって増刷されたマネーの多くは、金融・不動産市場に向かい、株式時価総額は52兆ドル(約5800兆円)増え、約2.6倍に拡大しました。

不動産の時価総額は17年末の時点で281兆ドル(約3京900兆円)に達しています。

その一方で、中国では「理財商品」と呼ぶ金融商品約50億円強の償還に行き詰まりが発生しています。こうした債務不履行はじわじわ増えているのです。

加えて、トランプ政権の大規模な減税と財政出動によって、米財政赤字は2020会計年度に1兆ドル(111兆円)を突破する見通しです。

とはいえ、先進国の銀行や証券といった伝統的業界は総じて08年より堅固になっています。これは、一定の安心材料となっています。

その一方で、以前に比べてノンバンクの果たす役割が大きくなっていることに懸念材料があると言えます。

特に年金基金やプライベート・エクイティ・ファンド(※2)などは、ノンバンクの比率が高まっています。

多くの年金基金は債券利回りが低下した影響で運用実績が上がらず利益追求のために債券以外のリスク商品や大きな負債を抱える企業に目を向けるケースが増えています。

(※2)private equity fundとは、機関投資家や個人投資家から集めた資金を基に事業会社の「未公開株」を取得し、企業価値を高めた後に売却することで高い収益率を獲得することを目的とした投資ファンド。IPO投資案件に良く用いられる。

過去の歴史から見る金融危機の傾向

過去の歴史を振り返ると、国際金融システムの中心となっている国が金融危機の震源となる傾向があります。

1930~31年に米国のバンク・オブ・ユナイテッド・ステーツとドイツのダナート銀行が破綻したことで顕著になりました。

08年は米投資銀行リーマン・ブラザーズが9月に破綻した後、シティグループなどの大手商業銀行が破綻寸前に追い込まれたことで80年来で最悪の金融危機に発展しました。

ところが、小国で発生した問題が世界の経済・金融の安定性を脅かすに至ることはめったにありません。

2010年にギリシャ危機が発生した際には、ユーロ圏の他の国と国際通貨基金(IMF)がすぐに介入して緊急融資を実行しました。

危機を起こした国が小さいと、他の加盟国の資金で問題に対処し、先進国の主要銀行への波及を防げることができたのです。

過去の歴史では、金融ショックが破壊的な影響を及ぼすのは、銀行システムに飛び火した場合に限られています。

銀行はインターバンク(銀行間)市場を介してお互いに資金を融通するため、どこかの銀行に問題が起きれば伝染病のように広がりやすいのです。

証券市場の変動についても、暴落が危機を引き起こすのは銀行システムを巻き込んだ場合に限られます。

アメリカの株式市場は、ブラックマンデーと呼ばれる87年10月19日に暴落しましたが、原油市場に対する不安がその背景にあったためで、銀行を巻き込む金融危機には至りませんでした。

しかし、日本で90年末に株式市場のバブルが崩壊した後には、日本の多くの主要銀行が破綻に追い込まれ、金融危機を誘発しました。

このように、次の金融危機は規模の大きい先進国経済で銀行システムに異変が生じた時になる、という予測が可能となります。

それを踏まえた上で、米欧日の銀行の健全性に注目し、適切な規制改革が国家レベルで実行されているかどうかをチェックする必要があります。

この課題については、多くの指標は良好で、銀行の自己資本比率(※3)と流動性カバレッジ比率(※4)は08年より高い水準にあります。日本においても不良債権比率が下がり続けています。

(※3)自己資本比率とは、「自己資本」と「他人資本」を合わせた銀行の持っている全てのお金=総資産の中の自己資本の割合のこと。自己資本比率=自己資本÷総資産で算出することができます。

(※4)流動性資産と資金流出量の比率のこと。バーゼルIIIの規則の一つで、金融危機の発生により資金流出超が30日間続いても、それに対応しかつ融資等の他の業務を円滑に遂行できるように確実に現金化できる高流動性資産を手元に保有することを義務付けた。

中国を初めとする新興国が金融危機の震源地となるか?

現在のところ、中国は企業部門が過剰な債務を抱えていますが、金融に関する問題については、グローバル経済の危機を誘発することは考えにくい、というのが一般的な見解となっています。

なぜなら、中国政府は、厳格な資本規制を行うことで国内銀行と外国銀行の結び付きを限定しているからです。

その結果、他国やグローバル経済に波及するリスクは小さいとされています。

ただし、「一帯一路」構想の中で他国に融資する余地が減ってしまうと、借り入れた国の経済成長は鈍化し、新興国の経済危機に発展しかねないという不安はあります。

今では、金融規制の強化で過去に被害を被った欧米の「中核部」の守りは堅くなった反面、銀行の存在感は薄れ、資金の「貸し手」の顔ぶれは大きく変わっています。

代わって台頭したのが資産運用会社年金基金ヘッジファンドなど、緩い規制の元で資金を供給する「影の銀行」とも呼ばれる存在です。

新興国国債など高リスクな債務の保有を増やしており、「新たな危機」の発火点となる可能性があります。

アメリカとヨーロッパは金融政策の正常化への道筋を探っています。特にアメリカは利上げを複数回行い、2018年はトルコリラを中心に新興国の通貨安を招きました。

どの国家にとっても、債務残高が積み上がるに従って、金利上昇への耐性も落ちています。だからといって、金融緩和路線に戻れば、国家債務の膨張という副作用がさらに強まります。

これらは、日本にとっても全く同じことが当てはまります。インフレ率が上昇しない中で、日本が金融緩和の出口を模索することは難しく、後3~5年で国債市場の流動性が枯渇し、金融緩和を持続できないという見方もあります。

詳しくは以下のコラムをご覧ください。

リーマンショックから10年を経て、危機の火種はどこから発生するか予想し難く、世界経済の舵取りはさらに難しくなっています。

現在のところ、新たな金融危機の火種として、大規模なサイバーテロ、自然災害などの気候変動リスク、スルガ銀行のようにずさんな融資に伴う貸し倒れ引当金(※5)の不足がきっかけとなるのではないか、と指摘されています。

(※5)貸し倒れ引当金とは、売掛金や貸付金など、債権回収が不能になった場合に備え、各期の利益から債権の額に応じて積み立てておく金額のこと。債権のリスクに応じて適度な比率で引当金をあらかじめ積んでおけば、いざ回収不能となった場合、大きな損失を被るリスクを回避できる

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